Omiya Park Life

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by 大宮戦術談議会

旅立つ君へ - 塩田仁史選手の退団に寄せて

どうもこんばんは。ヨシまるです。

 

「ヨシまるさん、ともにブリタニア王国を再建しましょう」

 

我々が神と崇めてやまない

河本裕之選手がその日魅せた、

凄みすら感じさせる気迫溢れたプレーと、

嗜みというにはあまりにも多量のスコッチが

そうさせたのもあったのでしょう。

 

北欧神話スルトが振るうレーヴァティンが如く、

熱く、揺らぎない信念を帯びた言葉を、

ちくきくんは私に向けて放ったのです。

 

 

若武者の真っ直ぐな願いを断ったとなれば、

それは騎士の名折れ。

私は再び、剣(ペン)を執ることを決意したのです。

 

 

ーーーたとえ征く末に、我が生命を散らす運命が待っていようともーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさいね。

どうしてもデタラメなこと書いてから始めたかったんですよ。

 

シオさんこと塩田仁史選手が退団してしまったショックをいったん紛らわせるには

こうするしかなかったのです。

 

www.ardija.co.jp 

 

 

塩田選手。

 

豊富な経験に裏打ちされた

相手のストロングポイントを的確に潰すコーチングと、

どんな時でも試合に出られる準備を整えて臨む高いプロフェッショナル意識。

それらはGK陣に厳しく激しい競争意識をもたらしました。 

 

加藤順大選手と熾烈なレギュラー争いを繰り広げていた頃、

「次の試合に出るGKは誰だろう?」

と、当時の皆さんも嬉しい悩みを抱えていたのではないでしょうか。

 

 

個人的な話になってしまいますが、

彼は僕に大きな喜びを二度ももたらしてくれた選手でもあります。

 

1つは言わずもがな、

2017年シーズンのホーム。

さいたまダービー

 

あの時初めて、

スポーツを観て泣く人の気持ちが分かりました笑

 

 

そしてもう1つが、

僕が初めて選手にサインをいただいた時のこと。

 

 

 

「今日はプロの練習なるものを見に行こう。

そしてサインも貰っちゃうぞ!」

 

と、何ら脈絡もなく衝動的に思った僕は、

2015年の優勝記念Tシャツとマジックを握りしめ

西大宮に向かう電車に飛び乗りました。

 

 

とはいえ根はビビリの僕。

「ていうか、サインってどうやって貰うのが普通なんだろう?」

とか思いながら、播戸竜二選手のブログで事前勉強したのも良い思い出です笑

 

blog.lirionet.jp

選手目線でためになるので、皆さんもぜひどうぞ

 

 

そうして着いた、西大宮のオレンジキューブ。

「あんなプレーを当たり前みたいにできちゃうんだー!」

「あの選手、意外とおしゃべりなんだなー」

 

などと、初めて見るプロの練習のすごさや、

イメージとは違った各選手のギャップに驚かされているうちに、

気がつけば練習終了。

 

練習見学常連(と、思われる)方々が

クラブハウスとの間にある仕切り柵に寄って行くのを見て、

よくわからんまま後に続く僕。

 

でしたが……

緊張のあまり、目の前を通り過ぎる選手たちに声をかけられず。

「金澤選手って実物は結構身長でかいんだなー」と、

心の中でつぶやくのが精一杯でした。

 

しかし!

誰かにサインをもらわなくては!!

来た意味がない!!!

 

そうして意を決した僕の目の前をちょうど横切ろうとしたのが、

塩田選手でした。

 

僕は電車の中でのイメトレを最大まで思い出し、

勇気を振り絞って声をかけました。

 

 

「あ、あの。塩田選手!

れんシ、しゅう。お疲れ様でした。

もしよろしけれぶ、ば、サインお、を、いただけませんかっ!!!」

 

 

文字に起こすとこんな感じだったと思う。

普段から丁寧な言葉遣いに慣れていないのもあって、

余計に変な言い方になってしまってた気がする。

 

しかし、そんな変質者に呼び止められた塩田選手は……

 

 

 

 

 

「え、まじっすか!?

良いですよ!」

 

 

 

この世に仏がいることを確信した瞬間であった。

 

朗らかな笑顔を浮かべた塩田選手はそのままマジックを受け取り、

僕が持つTシャツにサラサラっ!、と書いてくれたのでした。

 

試合後のインタビューで見るサッカー選手は大抵、

低いトーンでちょっとモジモジした感じで話していたので 

「結構とっつきづらい人種なのかな」

などと先入観に囚われていた僕にとって、

それはあまりにも衝撃で、嬉しかったのでした。

 

これが僕の初めてのサインをもらった経験であり、喜びなのです。

 

 

 

 

 

 

なお、そこで気持ちが軽くなった僕は、

同じ感じで菊地選手に声をかけたところ、

外見の怖さにビビりすぎてしまい

元のテンションまで戻ってしまうのでした

(当時の菊地選手は

眉のはじっこに怪我をこさえていたこともありすげー怖かった。

でも歴代ベスト3に入るぐらい好きな選手だったので

サインをもらえたこと自体はめちゃくちゃ嬉しかった)。

 

 

それからは、シオさんを贔屓の選手の1人として応援していました。

 

2017年に入ってからはチームも不調となり、

本人も

「ベテランになってからはシーズン中にコンディションを上げることもそうだし、

それを維持するのも難しくなってきた」

といったニュアンスのコメントを何かの取材(2017年頃のVAMOSだったと思う)

で答えていたように、

試合前のアップからも少しずつ加入当初の躍動感が消えていったのに

幾ばくかの寂しさを覚えてはいました。

 

でもそれ以上に、

ピッチに立った途端に感じる頼もしさと、

ベンチでもシオさんがいるという安心感に勇気付けられたことの方が印象深いです。

 

 

もしかしたら来シーズン以降、

シオさんがどこかで選手として活躍している姿は見られないかもしれません。

 

そして、金澤選手がピッチを去ることを告げたその時に感じた気持ちを、

僕らはそう遠くない将来にまた味わってしまうのかもしれません。

 

 

その時ができるだけ遅くなることを祈りつつ、

そしてもしその時が来てしまったのなら、

当時の思い出と感謝の気持ちを、

今のように色鮮やかに思い起こせる。

 

そんな自分でありたいと思うと同時に、

シオさんがこれまでクラブにもたらした、多大な貢献に感謝と敬愛を込めて。

そしてこれからのシオさんの未来が明るいものであるよう祈り、

この駄文を綴じる。

 

塩田仁史選手のサイン画像

当時いただいた、塩田選手のサイン